Hashimoto Tsutomu 『経済倫理=あなたは、なに主義?』 アンケート結果2010-2 ■ 首都大学東京、若森みどり先生の講義「社会経済思想」でのアンケート結果です。(2010年10月5日実施) 昨年と同様、頭に思い浮かぶ社会問題のキーワードを書いてもらいました。できるかぎり学生の書いた表現を保っています。(若森)
(経済のグローバル化:市場の国際化・対外競争の激化・雇用形態の変化・就職難、国家的財政難(国債増と人口減少)への対応、世代間の不公平感の解消:年金や税制など新しい国民的制度の構築、安全保障に対する不安、違法薬物汚染、検察への不信、) (経済不況、失業、大学生の内定率低下、ニート、ゆとり、教育、ねじれ国会、増税、高齢者、年金未払い、孤独死、地域社会、家族のつながりの希薄化、日中関係、領土問題、核の恐怖、テロ、資源の希少性、グローバリズム、地球温暖化) (賃金問題:年収200万以下の世帯22%・サービス残業・過労死・同一労働同一賃金の原則・男女の賃金格差、新卒至上主義による既卒者の就職難、育児休暇の取りにくさ、年金問題、政治の腐敗、中国との外交・領土問題) (少子高齢化による人口減への対応、避けられない社会保障費の増大を負担する公平な仕組みの設計、国と地方の巨額の借金に対応した、優先順位を決めての行政、勢いを増す中国とどのように日本は望ましい関係を構築できるか。鬱病患者の増加とその低年齢化、モンスター・ペアレントのような理不尽に自己主張する人の増加、育児放棄・虐待、経済的格差) (円高、就職率、人口) (引きこもり・ニート、日本固有の雇用形態が引き起こしている若年層の就職問題、災害時など商品が品薄なときの便乗値上げ、日米両国にみられる経済的格差の拡大傾向、環境問題) 若森みどり先生の講義にご出席された皆様、この度はアンケートにご協力いただき、ありがとうございました。今回の集計結果では、「近代卓越主義」が第一位となりました。近年のイデオロギー傾向をよく表していると思います。このイデオロギーと並んで、「共和主義」と「市民的コミュニタリアニズム」の思想が互角に支持されています。続いて、「新自由主義」と「国家型コミュニタリアニズム」が支持され、最後に「平等主義」となりました。 それぞれのイデオロギーが、どんな社会問題への関心と結びついているのか。見てみましょう。 まず「近代卓越主義」は、基本的に「プライド」を重視する立場です。この立場を選んだ人は、プライドが傷つけられる事象に関心を寄せていることが分かります。例えば「就職難」。これは人生において最も理不尽なかたちでプライドを傷つける事柄ですね。それから「対外競争の激化」。近い将来、例えば日本人の一人当たりGDPが韓国人のそれよりも低くなるとすると、日本人はかなりプライドを傷つけられるでしょうね。そういう問題に敏感に反応するのが、「近代卓越主義」の特徴と言えるかもしれません。また、「検察への不信」は、(豪腕といった力量を含めて)卓越したパフォーマンスをみせる政治家に対して、人格としては卓越していない検察が、「正義」の名の下に引き摺り下ろそうとする、そういう権力のあり方に対して、不信を表しているのでしょう。正義よりも、卓越したプライドを大切にする。そういう心性の現われであるかもしれません。 「共和主義」は、経済倫理・社会倫理を大切にする一方で、政治においては美徳(卓越)を大切にする立場です。経済倫理としては、例えば、「年金未払い」、「孤独死」、「地域社会」、「家族のつながりの希薄化」といった関心は、社会が一定の文脈に埋め込まれているべきこと、あるいは安心できる秩序であることへの希求と言えるでしょう。「核の恐怖」や「テロ」への関心も、これと同様であると考えられます。「資源の希少性」もまた、経済社会が安定した秩序を保つべきである、との関心といえます。これに対して、政治面では、この立場の方は、あまり特徴あるキーワードを挙げていないようにみえます。 「市民的コミュニタリアニズム」は、コミュニタリアニズムの一類型であり、経済面には、労働組合運動による労働者の団結などを通じて、支配階級である資本家あるいはブルジョワジーの利権を批判する立場です。この立場の方は、「賃金問題:年収200万以下の世帯22%」、「サービス残業」、「過労死・同一労働同一賃金の原則」、「男女の賃金格差」、「新卒至上主義による既卒者の就職難」、「育児休暇の取りにくさ」を挙げています。これらはすべて、労働者が一人の政治的な市民として、主体的に生きることのできる社会を求めるという関心を示している点で、このイデオロギーの特徴をよく表しているように思います。 「新自由主義(ネオリベラリズム)」は、自由な市場経済を基本としながらも、文明の発展のために、国家の役割を積極的に認める立場です。この立場の方は、「少子高齢化による人口減への対応」、「避けられない社会保障費の増大を負担する公平な仕組みの設計」、「国と地方の巨額の借金に対応した、優先順位を決めての行政」、「勢いを増す中国とどのように日本は望ましい関係を構築できるか」といった関心を挙げていますが、これらはすべて、国家に財政的な負担をかけないようにしながら、しかし、国民国家が勢力を維持し、あるいは増すための、戦略的な政策を求めるものでしょう。また、「モンスター・ペアレントのような理不尽に自己主張する人の増加」や、「育児放棄・虐待」への関心は、家族という中間集団の強化こそが、文明社会の道徳的基礎であるという、このイデオロギーの関心をよく示しているでしょう。この他、「鬱病患者の増加とその低年齢化」や、「経済的格差」への関心は、新自由主義が「政策の帰結」を大切にしていることを示しています。つまりこの立場は、何でも市場競争で解決、と発想するのではなく、もしその帰結が全体として望ましくない場合には、もっと帰結をよくするように、何らかの政策を望むのです。新自由主義は、決して市場万能主義のイデオロギーではないことが分かります。 「国家型コミュニタリアニズム」へのキーワードは判断材料として少ないように思いますので、最後に「平等主義」について考えてみましょう。この立場はもちろん、経済的平等に関心を寄せています。「日本固有の雇用形態が引き起こしている若年層の就職問題」や「日米両国にみられる経済的格差の拡大傾向」への関心は、この立場の特徴を示しているでしょう。また「災害時など商品が品薄なときの便乗値上げ」は、理不尽な市場の作用に対して、政府介入したほうが「平等」「公正」を実現できるのではないか、という関心を示しています。この他、「引きこもり・ニート」への関心は、はたして働かない人にも基本的な所得を与えて経済的な平等を実現すべきか、というこの立場がかかえる問題点を示しているように思われます。 新自由主義者は、もし帰結が悪ければ、市場競争の作用を否定する態度をもっています。では平等主義者は、働かない人にも、経済的な平等を実現すべきであると考えるでしょうか。伝統的な平等主義者は、人は働けるだけ働いて、必要なものを受け取るべき、と考えます。だからまず、働ける人は働くべきだと考えます。では新しい平等主義者はどうでしょうか。それが問われているのだと思います。 若森みどり先生、アンケートを実施していただき、ありがとうございました。とても興味深い結果です。分析してみるとそのイデオロギーがもつ社会的意義がみえてきます。それにしても、市民的コミュニタリアニズムが多いのは、首都大学東京の学生の傾向なのでしょうか。さらなる分析が必要です。 2010年12月13日 橋本努 ■若森先生の講義におけるフィードバック 以下は、授業の終わりに、「匿名で書いてください。回答したくなければ提出しなくてもいいです、市民的コミュニタリアニズムを選択していない人も、選んだ立場を忘れた人も差し支えないところを書いてください、アンケートそのものについてなにか書いてもいいです。」と話して回収したメモです。学生の反応、「声」をお伝えします(若森)。 |